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関口巽 の履歴(No.10)


関口巽(せきぐちたつみ)

概要・経歴

赤面症で対人恐怖症の、風采の上がらぬ小説家。中禅寺秋彦に冷遇され木場修太郎に罵倒され、榎木津礼二郎には下僕扱いされる。

旧制高校時代、中禅寺秋彦榎木津礼二郎らと知り合う。太平洋戦争では徴兵され、将校として小隊を率いる。そのときの部下が、職業軍人だった木場修太郎

戦後は、大学から資金援助を得て粘菌などの研究を行っていた。雪絵との結婚を機に粘菌の研究を辞め、物書きに専念する。稀譚舎の「近代文藝」にときどき寄稿する傍ら、カストリ雑誌などに匿名で執筆。「月刊實録犯罪」に寄稿するときのみ、「楚木逸己」というペンネームを用いる。

子どもはなし。子どもを作ることに生理的な恐怖を感じている。

住まいは中央本線中野駅から歩いて20分。

昭和15年9月16日 久遠寺涼子を陵辱
昭和15年9月16日 鬱病発症
昭和25年 雪絵と恋愛結婚、粘菌研究を辞める
昭和25年5月30日 「嗤フ教師」発表(近代文藝)
昭和25年9月30日 「イデオロギヰの馬」発表(近代文藝)
昭和26年1月30日 「E. B. Hの肖像」発表(近代文藝)
昭和26年4月30日 「天女転生」発表(近代文藝)
昭和26年7月30日 「蒼ざめたものを待つて」発表(近代文藝)
昭和26年10月30日 「舞踏仙境」発表(近代文藝)
昭和27年5月30日 「温泉郷の老爺」発表(近代文藝)
昭和27年7月初旬 雑司が谷嬰児連続失踪事件に介入
昭和27年8月30日 「眩暈」発表(近代文藝)
昭和27年8月30日 武蔵野連続バラバラ殺人事件に介入
昭和27年10月14日 単行本「眩暈」の見本完成
昭和27年12月1日 久保竣公の葬儀に参列
 宇多川崇の相談を受ける
昭和28年2月 箱根旅行
昭和28年4月 中禅寺秋彦とともに織作家を訪問

外見

背が低い。髭が濃い。猿に似ている。

家族・親族

妻:関口雪絵

父:関口巽の父

母:関口巽の母

祖父:関口巽の祖父

曽祖父:関口半次郎

別名・仇名・通称

陰花植物(命名榎木津)、猿(命名榎木津)、関君(榎木津)、関タツ(榎木津)、タツさん(関口雪絵)、楚木逸己(ペンネーム)、亀君(命名榎木津)、猿按摩(命名榎木津

登場作

姑獲鳥の夏
魍魎の匣
狂骨の夢
鉄鼠の檻
絡新婦の理

関連地図

&googlemaps2(lat=35.706935, lng=139.665842, width=400px, height=300px, mapctrl=small); &googlemaps2_draw(circle, lat=35.706935, lng=139.665842, radius=1.6, weight=3); 徒歩1分=80mとして、直線距離で1600m。大体この範囲内に関口家がある?


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