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又市 の変更点
#author("2023-10-08T15:39:29+09:00","","") #author("2024-06-27T15:37:35+09:00","default:nekhet","nekhet") *又市(またいち) [#fbee7356] RIGHT:所属:[[又市一味]]/[[ゑんま屋]] 札撒き御行に身をやつし、全国を叉に掛けて仕掛けを施し事件をまとめる男。小股潜りの又市の二つ名で、各地に仲間や知人を持つ。山猫廻しの[[おぎん]]や事触れの[[治平]]と組むことが多い。 舌先三寸口八丁、口から先に生まれてきたような小悪党。欺す賺す騙る謀るはお手のもの。縁切り仲人口は得手中の得手。人を魅き付けるような雰囲気を持っているが、それでいて何を考えているのか解らぬところもある。 堅気の[[山岡百介]]を仕掛けに協力させたりもするが、一方で裏社会に[[山岡百介]]を深入りさせぬよう心を砕いている面もある。 決め台詞は「御行奉為(したてまつる)」。 麹町 四谷門の外、念仏長屋が根城と語るが、実際は不明。 **経歴 [#d49dc7c8] 武州櫻木村生まれ三多摩育ちの百姓の子。 武州三多摩生まれの百姓の子。父は田は枯らす悪さはするの酒乱、稀代のろくでなし。又市が8歳のときに死亡。母[[お槇]]は2つのときに男と逃げる。 父は田は枯らす悪さはするの酒乱、稀代のろくでなし。櫻木村の鼻つまみ。村八分にされていたため[[先代毅左衛門]]と[[おさい]]殺しに加われず、村から義絶される。夜逃げして三多摩辺りで又市が8歳のときに死亡。 母[[お槇]]は2つのときに男と逃げる。 江戸を出て、喰うや喰わずで西まで流れ、大津で公家のご落胤を称する[[林蔵]]と出会った。靄船の[[林蔵]]と義兄弟の杯を酌み交わし、無動寺の[[玉泉坊]]と組んで上方を荒らしていた。 摂津の代官所の件の16年前、[[辰造]]一家に追われた[[林蔵]]と[[お妙]]を助けたが、これにより[[辰造]]に追われる身となり、[[お栄]]の手引きで上方から逃げ出した。 上方を離れた後、江戸で双六売りとなり、さらにゑんま屋の損料仕事を請け負うようになる。黒絵馬の一件により「祇右衛門」に干渉、「祇右衛門」の反撃に抗するため[[小右衛門]]と組んで[[祇右衛門(2人目)]](正体は[[宗右衛門]])の捕縛に関わる。その後、[[宗右衛門]]が身に付けていた御行装束と道具を受け継ぎ、以後は御行姿を常とする。 [[民谷伊右衛門]]と[[民谷岩]]の縁談を斡旋したが、後手に回って多くの人死にを出し、さらに[[民谷伊右衛門]]と[[民谷岩]]を死なせてしまう。 [[柴田十太夫]]の依頼で[[菊]]の一件で[[寿美屋与介]]と話を付ける仕事もしている。 奥州の[[春]]殺しの下手人探しの際、初めて[[治平]]と組む。その後、[[山岡百介]]と出会う。 船幽霊の件で土佐を訪れた際には、[[助四郎]]に[[一文字屋仁蔵]]を紹介。 摂津の代官所の件の後、大坂で[[お栄]]の策謀を暴くため[[林蔵]]に協力。 [[小右衛門]]の死を見届けた後、[[山岡百介]]の前から姿を消す。 その後[[八咫烏]]として活動。出羽経由で遠野に入ると、災いの元になる金塊をこの世から葬るため、[[小右衛門]]仕込みの火薬技で宝螺抜けを起こす。 [[水野忠邦]]を孤立させ、大奥にも手を回して水野憎しの声で満ちさせ、将軍も無視できないようにする。 [[石原汀]]を失脚させるため遠野に残る。 **外見 [#y1bac56c] 純白の衣。胸に偈箱を下げて、坊主頭を白木綿で行者包みにしている。 **家族・親族 [#tb49d2b0] 母:[[お槇]] **別名・仇名・通称 [#qf3341ee] [[小股潜りの又市]]、[[双六売りの又市]](二つ名)、又([[治平]])、又やん([[文作]])、[[八咫烏]] **登場作 [#r8fdb818] [[嗤う伊右衛門]]~ [[巷説百物語]]~ [[続巷説百物語]]~ [[後巷説百物語]]~ [[前巷説百物語]]~ [[西巷説百物語]] 鍛冶が嬶・野狐~ [[覘き小平次]]~ [[数えずの井戸]]~ [[遠巷説百物語]] 出世螺~ [[了巷説百物語]]
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